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歴史アルバム
万里の長城

旅ニュース(二十一世紀旅行社) 2009年4月号

元祖浪花屋
柿の種のココロ
新潟日報 2009年3月1日(日) 評・山崎 彬氏(越後製菓会長)

元祖浪花屋
柿の種のココロ
新潟日報 2009年2月23日(月) 1面「日報抄」

元祖浪花屋
柿の種のココロ
西日本新聞 2009年2月22日(日) 書評欄

元祖浪花屋
柿の種のココロ
産経新聞 2009年2月16日(月) 文化欄

元祖浪花屋
柿の種のココロ
新潟日報 2009年1月23日(木) 経済欄

増補新版
文学アルバム 小泉八雲
山陰中央新報 2008年11月25日(火)「出版話題」欄

園芸家の一年 北海道新聞 2008年10月26日(日)「ほん」欄

園芸家の一年 信濃毎日新聞 2008年9月29日(月)「斜面」

園芸家の一年 産経新聞 2008年9月28日(日) 評・いとうせいこう氏

園芸家の一年

週刊現代 2008年10月4日号 リレー読書日記・木村元彦氏


雨飾山と海谷山塊 岳人 2008年10月号

雨飾山と海谷山塊

新潟日報 2008年9月14日(日) 評・小林敏明氏


続 小千谷の風景
季節のたより

新潟日報 2003年3月12日(水)

西脇さんは、1994年1月号から同市(小千谷市)広報紙上の連載をスタート。個展や絵画仲間との交流のかたわら掲載を続け、約8年で連載200回を達成した。情感あふれる街角の一コマや、郷愁を誘う山あい、河原などの自然描写 に加え、軽妙でユーモアたっぷりの随筆も人気だ。


拉致の海流

新潟日報 2003年1月28日(火)

「拉致の海流」の著者・山際澄夫さんが「新潟日報」で紹介されました。


続 にいがた菜時記

新潟日報 2003年1月27日(月)

ごく平凡な日常に材をとる身辺雑記は、実は難しい。書く対象も伝えようというメッセージも普通 のことが多いからで、それを普通に表現すれば「ああ、またか」とそっぽを向かれる。それだけに技がいる。……本書は、……新潟の自然や食、人をテーマにした身近な話題に「ある、ある」とうなずき、「なるほど」と感心させられる。序文を寄せている利根川裕氏の言を引けば「人生に対する目くばり」の良さなのだろう。……著者は新潟に住んで20年。新聞、テレビの取材経験から新潟を温かく、そして存分に語っている。


拉致の海流

産経新聞 2003年1月26日(日)読書欄

……なぜ、自国民の救出という至上命題が20数年もの間放置されてきたのか。著者は@北朝鮮「地上の楽園」という誤謬A軍事独裁国家を民主主義国家と言い募る誤謬B拉致問題デッチ上げの誤謬C植民地支配の「謝罪」と「補償」優先で国交正常化をという誤断−をした人々の責任を厳しく問うている。……こうして際限もなく再生産された幻想が、日本をして「国の不作為」という国家犯罪に導いた、と著者はいう。進歩的メディアと文化人、政治家、官僚の責任はとりわけ大きい。彼らの発言がいかに無責任で国策を誤らせたか、本書は実に詳しく検証している。……


拉致の海流

産経新聞 2003年1月24日(金)

……「9.17」以降、親北朝鮮だったメディア、言論人、政治家は手のひらを返すような姿勢になった。しかも、過去の言動を忘れたのか、反省、謝罪した者はほとんどいない。問題に真剣に取り組んでこなかった日本政府からも、当時の担当者の声をいまだ聞くことはない。……著者はそういう節操のない者たちに怒り、同時に長く被害者を救えなかった日本国の存在意義について問いかけている。


君は仏 私も仏

KBS京都制作の全国放送「比叡の光」2002年11月17、24日(日)

「君は仏、私も仏」の著者で、比叡山泰門庵住職、叡山学院院長の堀澤祖門氏が11月17日と24日の2回にわたり、KBS京都制作の全国放送「比叡の光」に出演しました(一部地域は前日または前々日の放映でした)。


畑の料理人

季刊「やさい畑」2002年冬号(家の光協会)11月16日発売

「菜園生活をもっと楽しむBOOK&WEB」のページで「朝は食材の仕入れ、昼は畑や田んぼで汗を流し、夜は採りたての野菜や山菜料理を生み出す著者が、つれづれなるままにつづった田舎のゼータク読本だ。ところどころにちりばめられた軽快な方言が心地よい」と紹介されました。


アリの定年
キリギリスの定年

読売新聞 生活面 「ふれあい百科」2002年11月3日(日)

定年後の生活設計をアメリカでの実例を挙げてアドバイスする「アリの定年 キリギリスの定年」が恒文社21から刊行されました。著者はアメリカで多くの雑誌に「引退」の記事を執筆するコラムニストのエレン・ホフマン。株式投資で老後資金をためる人、資産を預けっぱなしにして失敗した人、また、現在住んでいる家を担保に銀行から融資を受け、死亡時に家を処分して返済する「リバース・モーゲージ」を利用した例など54の実例を紹介しており、これからの時代の老後資金作りの参考になります。


続 にいがた菜時記

週刊「朝日だより」2002年11月第2週号

本紙の人気コラム「続にいがた菜時記」が、単行本になった。96年に出版された「にいがた菜時記」の続編で、新潟の豊かな自然、酒、食べ物、行事、出会った人などを日々の暮らしの中で見つめ、味わい深い文章に仕立てたエッセイ集だ。……生きとし生けるもの全てを慈愛深く見つめる眼差しと、ジャーナリストとして時代と社会の本質を問い続ける知性を拠所に、日々の暮らしを見つめた珠玉 のエッセイ82編と自筆のカット、筆者がこよなく愛してやまない新潟の酒をテーマに、新潟と酒の関係を独自の文化論として展開する「にいがたの酒」、またやはり本紙の連載コラム「この人と出会う」を収載している。


畑の料理人

FMPORT(新潟のFM局)2002年10月27日(日)

「畑の料理人」の著者・我田大さんがFMPORTの日曜夜の番組「にいがた探検隊」に生出演し、パーソナリティの大田朋子さんと魚沼の食(コシヒカリ、地酒、ナスなど)について語りました。ちなみに、大田朋子さんは「新潟発」で「ほれ、えっさ塾」を連載中です。


越後駒ヶ岳山小屋通信

坂西徹朗氏(堀之内山の会) 新潟日報2002年10月27日(日)

桜開く4月の入山から根雪になる10月下旬まで季節を追って編集され、……どのページを開いても駒ヶ岳の中に居ることができ、楽しい。……忙しい日々の合間に雲を見、風を測り、時を選ばずシャッターを切る。そこに居なければ絶対撮れない書けない説得力ある写 真と言葉。


畑の料理人

FMPORT(新潟のFM局)2002年10月20日(日)

番組「ポレポレ」の コーナー「木陰の本棚」で「クイジョン」と「ゴマ」の一部が朗読されました。


畑の料理人

フジテレビ系全国放送 2002年10月19日(土)

我田大さんがフジテレビ系全国放送の番組「8020探検隊」(朝9時55分〜10時 )で紹介され、畑仕事や料理風景が登場しました。書籍の映像も流れました。


君は仏 私も仏

関源司氏「戸津説法」聴聞記 小千谷新聞2002年9月7日(土)

この度の戸津説法と機を一にして、中味の解説書にもあたる一冊の本が上梓された。……説法に臨む所信を問われて師は「法華経の持つ現代性をとりあげ、分かりやすく説きたい。一言でいえば、私と一緒に仏になろうということです」と答えている。この本はこのことの意味をくだいて平易に解説してくれる。決して頭の痛くなるような難解な宗教書の類ではない。この本は、著者が最高の仏典であり、人の生きる為の最良の指針と断言する「法華経」の著者独特の解説であり中味の紹介でもあるが、読みすすむと、訳のわからない教典がわかりやすく現代に通 じる身近なものに感じられる。……一読すると人間として宗教家としての堀澤祖門の70余年の軌跡がしみじみと感じられて示唆に富む一冊である。


男装の麗人

木田元氏(哲学者) 共同通 信配信・新聞書評

祖父と孫と二人の作家が、70年をへだてて、同じ人物を主題に同じ表題で本を出すといった話は、あまり聞いたことがない。……祖父は村松梢風、孫は村松友視、主題にされたのは「男装の麗人」川島芳子。……孫の友視は上海を訪れ、芳子の実像をさぐる。少女時代の芳子を犯したらしい養父の川島浪速をはじめ奇怪な人物たちにとりまかれて、それなりに悲劇的な生涯を生きた芳子と祖父梢風への遥かな鎮魂歌ということになろうか。


男装の麗人

工藤美代子氏(作家) 読売新聞2002年8月11日(日)

ようやく痒いところに手が届いた−というのが、本書を読了後の最初の感想だった。……芳子の名前が広く世に知られるようになったのは、戦前、村松梢風が彼女をモデルに『男装の麗人』を執筆したからである。……村松梢風の孫にあたる本書の著者は、フィクションとノンフィクションの境界線を自在に往復しつつ、見事な手法で川島芳子の姿を現代に甦らせた。


中国が戦争を始める

鍛冶俊樹氏(軍事ジャーナリスト) 産経新聞2002年8月11日(日)

経済と軍事を分けて論じている現在の日本の風潮自体、かなり時代遅れと言わなくてはならない。米国をはじめ、世界各国では安全保障においては経済と軍事の絡み合いを論ずるのが当たり前の光景となっている。……本書も、現在の中国の経済発展にかなり目配りを利かせながら中国及びその周辺国の軍事を論じている。中国経済論と中国軍事論の亀裂を埋めるには本書は格好の視点を提供している。


畑の料理人

新潟日報 2002年8月10日(土)
「オピニオン」の欄 編集委員の佐藤和正氏によるインタビュー記事

究極のぜいたくって何だろうか、と思う。自分の食べ物を自身の手ではぐくみ、大地の恵みを味わうことの素晴らしさ。陶淵明の「桃花源の記」や古代ギリシャの「アルカディア」をひもとくまでもなく、人間にとっての理想郷は農山村にありはしないか。このほど「畑の料理人」(恒文社刊)を出した南魚塩沢町の我田大さん(54)は昼間は畑を耕し、夜は旬の料理屋の主。「やっぱり、うんめえもんはテメエで作らにゃ…」と熱い我田さんの“農楽”生活の堪能ぶりを聞きながら、真の豊穰さを考えてみた。


君は仏 私も仏

新潟日報 2002年8月3日(土)
「オピニオン」の欄 編集委員の小林弘氏によるインタビュー記事

「法華経とは現代人にとって何なのか」−−堀澤さんは21−25日の5日間、天台宗比叡山延暦寺の伝統行事「戸津説法」の説法者になる。1200年前、伝教大師最澄が比叡山東南の地(戸津)で法華三部経を講じた古儀にのっとる大変名誉な役割。天台座主への登竜門ともいわれる。堀澤さんは「法華経を信じなければ、この世は救われない」と言い切った。21年前、堀澤さんの出身地小千谷市で初めてお会いした時、堀澤さんから感じた“哲学する学僧”の面 影はもはやない。「科学的合理主義に毒されていた一時期もあった。が、ようやく法華経が分かりかけてきた」


畑の花を訪ねて

渡部佳則氏(写真家) 新潟日報2002年7月7日(日)

ここには日ごろ、八百屋やスーパーで見かける果 実や野菜の「花」の時期が、写真と文で鮮やかに紹介されている。すべて岩村氏自ら、全国の主要生産地の畑を地道に訪ね歩いたものだ。……一人で写 真も撮りながら取材した岩村氏は6年かかったが、この長さが逆にその内容をきわめて濃厚にしている。……彼は「畑の花を見に行く」というシンプルな行動に伴った喜怒哀楽を、写 真と文に見事に投影した。


「美味い」とは何か

福原義春氏(資生堂名誉会長) 読売新聞2002年7月7日(日)

ちかごろは、雑誌を見ても「一度は行ってみたいレストラン」ばかりだし、テレビ得意のグルメ番組ではタレントさんが料理を口に入れた途端に、おいしい!と叫ぶ。……何だか変な時代になったと思っていた。そんな時にこのような骨のある本が出たことの意味は大きいのではないだろうか。……おいしいと思えばいいじゃないかという考え方もあろうが、本質はかくも深いところにあるのだ。


畑の料理人

新潟日報 2002年6月25日(火)

南魚六日町で季節料理の店を経営している我田大さん(54)が、野菜作りの楽しさをつづった「畑の料理人」(恒文社、2000円)をこのほど刊行した。……我田さんは「自分で少し努力すれば本当においしい物を食べられることや、都会にはない田舎暮らしの楽しみを一人でも多くの人に知ってほしい」と話している。


雪国大全

新潟日報 2002年6月22日(土)
「オピニオン」の欄 編集委員の佐藤和正氏によるインタビュー記事

高度成長のバブルがはじけ、あまりにも変貌してしまった故郷の風景に怒りにも似た思いを抱いた人は多いはず。半世紀近く全国各地の〈風景〉を見つめ続けてきた見附市生まれのジャーナリストの佐藤国雄さん(70)が、その怒りをペンに代えてつづったのが「雪国大全」(恒文社)である。きめ細かく記述された“20世紀に置いてきた故郷の暮らしと風景”のページをめくりながら、厳しい自然の中で育んできた「雪国」の人々の、決して忘れてはならない生活の知恵などについて考えてみた。


あのころみんな夢があった

朝日新聞 2002年6月19日(水)

朝日新聞新潟版に2000年1月から2001年12月まで「新潟に世紀」のタイトルで連載され、このほど、「あのころみんな夢があった−追憶の越後100年の記憶−」(朝日新聞新潟支局編著、恒文社刊)として出版された……。


あのころみんな夢があった

週刊「朝日だより」2002年6月第3週号

新潟100年の記録「あのころみんな夢があった」(朝日新聞新潟支局編著)が、6日、恒文社から出版された。朝日新聞新潟版に「新潟の世紀」として連載されたものに加筆した。


ジミーと呼ばれた日

週刊新潮 2002年6月6日号

昭和21年10月、皇太子明仁殿下の英語教育のため、アメリカから一人の女性が招聘された。……自由を愛し、気品と人柄を兼ね備えた美貌の教師は、皇太子の心に新しい風を吹き込む。彼女はまた天皇家にとってはじめて、胸襟を開いて付き合った外国人でもあった。異国から来た教師の目を通 して若き日の天皇の横顔、そして終戦直後の皇室の知られざる様相が浮かび上がる。……ご一家の写 真入り年賀状や直筆の手紙など、口絵16ページにわたり満載された未公開資料も貴重である。